2014年7月31日木曜日

視覚的な動きによって自分自身が動いているように錯覚する現象(視覚誘導性自己運動感覚:ベクション)の発達(中学生編)

中学生を対象とした視覚誘導性自己運動感覚の発達についての研究が、スイスのオンライン学術雑誌「Frontiers in Psychology」に掲載されました(20146月)

【研究概要】

 私たちは自分自身の身体の動きを認識するために、視覚的な動きの情報を利用しています。そうした視覚の働きは非常に強力で、たとえ自分の身体が動いていなくても、視覚的な動きを目にするだけで、自分自身の身体が動いているように錯覚してしまうことがあります。駅のホームに停車している電車に乗っていて「ふと窓の外を眺めた瞬間、自分の乗っている電車が動き始めた、と思ったら、実は動いていたのは自分の電車ではなくてその隣の電車だったと」という経験はないでしょうか?こうした現象は、専門的には視覚誘導性自己運動感覚(ベクション:vection)と呼ばれていて、個人差はありますが多くの人に共通して起こる錯覚です。
 私たちの以前の研究成果から、ベクションはおとなよりも小学生くらいの子どもでより強く、簡単に起こりやすいことが明らかになっています。そのような結果は、小学生くらいの子どもは自分自身の身体感覚を認識する際に、おとなに比べて視覚情報に影響を受けやすいことを示すものです。そうした成果自体は、子どもの発達に様々な視覚メディアが及ぼす影響について考える際に有用な知見となりますが、その一方で、ベクションの起こり方がおとなと同じようになるのはいつ頃なのか、という疑問に対して明確な回答を提供するものではありません。
 こうした背景から、今回の研究ではより年齢の高い子どもたち、中学生を対象に類似の研究を実施しました。中学生とおとな(大学生)のグループに、それぞれベクションを引き起こしやすい映像を観察してもらい、映像を見始めてからどれくらいの時間でベクションが生じるのか、映像を見ている間にどれくらい長くベクションが生じていたのか、また、ベクションが生じている間どれくらい強く自分自身の身体が動いているように感じていたのか、などを調べました。その結果、中学生とおとなで、映像が提示されてから最初にベクションが生じるまでの時間や、ベクションが生じていた長さには大きな差が見られませんでしたが、実際に体験しているベクションの「強さ」を報告してもらうと、中学生の方がおとなよりも強いベクションを感じていると報告する傾向がありました。こうした結果からは、中学生頃の子どもでは、ベクションの起こり易さについてはおとなとそれほど変わらない一方で、ベクションが起こった時の「身体が動いている感じ」の強さは中学生でより大きいことが示されます。したがって、ベクションの起こり方は中学生頃までにはかなりおとなと近い状態になりますが、その一方で、おとなとは異なる部分もまだ残っているという事になります。今回の中学生を対象にした研究の結果と、以前の小学生を対象とした研究の結果から総合的に判断すると、ベクションの発達は小学生から中学生以降の時期にかけて、比較的ゆっくりと進行していくものと考えられます。


1Shirai et al. (2014). Frontiers in Psychologyの結果をもとに作成。同じ視覚映像を観察したにもかかわらず、中学生は成人よりも強いベクションを報告しました(c)。



【今後の展望など】

 ベクションはバーチャルリアリティなどの技術とも関係の深い現象です。遊園地のアトラクションや、映画館、家庭向けゲーム機など、近年、様々な場面でバーチャルリアリティやそれに類する技術に接する機会が増えているといえるでしょう。本研究の結果は、少なくとも中学生くらいまでの子ども達は、そうした技術に触れる時に、私たちおとなとは異なる経験している可能性を示すものです。そうした状況が子どもの発達にどのように影響するのか(または大して影響しないのか)議論していくことは重要であると考えられますが、本研究のように様々な環境からの刺激を子どもがどのように感じ、認識しているのかを科学的に調査した例は、現状ではそれほど多くありません。今後も、幅広い年齢層の子どもを対象に、彼らが環境中の刺激をどのように受容し、認識、処理しているのか、その心の働きを研究していくことが必要であると考えられます。

 【書誌情報】

Shirai, N., Imura, T., Tamura, R., & Seno, T. (2014). Stronger vection in junior high school children than in adults. Frontiers in Psychology, 5:563. doi: 10.3389/fpsyg.2014.00563
     

 【その他】

本研究は、妹尾武治先生(九州大学・准教授)との共同研究です。また本研究は、田村梨織さん(新潟大学人文学部・平成25年度卒)の卒業研究として実施されました。

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