2016年10月11日火曜日

動いている景色を認識するときに、 赤ちゃんが見せる独特の視線の動かし方について調べました

 動きのある景色を認識する際の視線パターンが、赤ちゃんと大人で著しく異なることを明らかにしました。これらの成果は英国のオンライン学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。

 【研究の背景 】

私たちが身体全体を動かすと、それに応じて目に映る景色もダイナミックに移り変わります。例えば、前を向いたまま前方へ進むと、景色は放射状の軌跡にそって拡がっていくように見えます(図1b’)。このような景色の動きは、自分の身体がどこへ向かって移動しているのかをリアルタイムに認識するための重要な手がかりとなります。
 特に、放射状の動きの中心が、視界のどの位置にあるかを知ることが移動方向の認識に際して重要だと言われています。前述のように、私たちが前に進むと景色は拡がっていくようにみえますが、その「拡がり」の中心は、その瞬間に自分自身が進んでいる方向と必ず一致します(図1)。そのため、景色の拡がりの中心がどこにあるかを見つけ出すことができれば、自分自身が進んでいる方向を瞬時に認識することができるのです。実際に私たち大人は、放射状に拡がる動きのパターンを見せられると、自分でも気づかないうちに拡がりの中心を目で追いかけてしまいます。これは、放射状の動きの中心へ自動的に視線を向けることによって、自分自身の進行方向を効率的に認識、コントロールするような仕組みが、私たちの視覚に存在するためと考えられています。
 そのような視線の働きはどのように発達していくのでしょうか。特に、まだ自分で移動することができない、あるいは、ハイハイしたり歩いたりするようになったばかりの赤ちゃんでは、景色の動きに対する視線の働きはどうのようになっているのでしょうか。私たちの以前の研究から、生後半年に満たない赤ちゃんであっても、放射状の動きも含む、視覚的にかなり複雑な動きのパターンを認識可能であることがわかっています。しかしながら、大人と同じように、放射状の動きの中心に視線を向けるような傾向があるかどうかは不明でした。
図1.移動方向と景色の動きの関係についての模式図。上段は、ある人が移動する様子を真上から見下ろした状況(矢印は移動方向を示します)を、下段は、同じ人の視野に映る景色の動きを模式的に示したもの(矢印は景色の動きを示す)です。それぞれ、(a, a’) 向かって左側に位置する家へと移動している場合、(b, b’) 真正面の道路を直進する場合、(c, c’) 向かって右側に立っている人へと移動する場合を表します。いずれの場合も放射状に拡がる景色の中心と移動先の位置が一致しています。





【実験方法と結果】

生後4ヵ月〜18ヵ月までの赤ちゃん100名と、比較対象として20名の大学生に実験に参加してもらいました。実験では、たくさんの点が放射状の軌道にそって動く動画を赤ちゃんや大学生に何度も見てもらいました。そして、動画を見ている間の視線の動きをアイトラッカーという装置を使って測定しました。これによって、赤ちゃんや大学生が動画を見ている間、いつ、どの部分に視線を向けていたのか、詳細なデータを得ることができます。
 実験の結果、大学生ではこれまでに知られていたとおり、放射状の動きの中心部分に視線が集中する傾向が示されました(図2、下段右端)。その一方で、赤ちゃん、特に1歳未満の幼い赤ちゃんでは、放射状の動きの中心には視線が向かず、むしろ周辺部分に視線が偏ることがわかりました(図2、上段)。その後、生後1歳半までに、段々と中心部に視線が集まり始めますが(図2、下段左端、同中央)、それでも大学生と同じような水準に達するまでには至りませんでした。


図2.無数の白い点が放射状に拡がるように動くパターンに対する視線のデータ。放射状のパターンの中心部が、ちょうど画面中央に位置している瞬間の視線の分布を示したものです。赤みが強い部分ほど長く、頻繁に視線が注がれたことを示します。成人(大学生)では、ほぼ画面の中央に視線が集中しているのに対して、赤ちゃんでは画面の周辺部に視線がばらつく傾向が強いのがわかります。

【結果解釈と今後の展望】

まだ自分で移動できない小さな赤ちゃんはもとより、ほとんどの子がハイハイしたり歩いたりすることができる1歳半の赤ちゃんでさえ、景色の動きに対して大人とは異なる視線の動かし方をしていることがわかりました。これは少なくとも1歳半までの赤ちゃんは、自身の進んでいる方向を認識する際に、大人とは異なる視覚情報を利用している可能性を示すものです。
 景色の動きの様子から自身の身体の動きをコントロールする能力は、私たち大人にとっては、普段その存在を意識することがほとんどないくらい当たり前の能力です。しかしながら、そうした能力は、発達の過程で比較的長い時間をかけて培われるものなのかもしれません。今後は、より年長の幼児期や児童期の子どもを対象に実験を実施し、発達のどの段階で、大人と同じような視線の働きが生じるのかを調べていく予定です。
 また、本研究で扱ったような、視線の働きと実際の身体運動(例えば、歩いたり、走ったり)の発達の関係を調べることで、身体運動機能の発達に個人差が生じる原理を明らかにできるかもしれません。それによって将来的には、幼い頃の視線のパターンを調べることで、将来の身体運動機能の発達上のリスクを見積もったり、あるいは、視覚的な動きのパターンに対する視線の働きをトレーニングすることによって身体運動機能の向上や回復を促したり、といった応用が可能かもしれません。

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