2014年7月31日木曜日

動きを見る能力の発達が赤ちゃんのハイハイや歩行の発達を促進することを発見!


 赤ちゃんが「ずりばい」や「ハイハイ」などの移動行動をできるようになる直前に、そうした行動のコントロールに利用される「動きを見る」機能(運動視)に大きな発達的変化が生じることを発見しました。本研究の成果は、米国の学術雑誌「Psychological Science」に掲載されました(20142月)

【研究概要】

 私たちが歩いたり、走ったり、あるいは自動車を運転したりして移動しているときには、視野に映る景色の流れを視覚的な動きのパターンとして認識し、その情報に基づいて自分自身がどの方向に向かって動いているのかをリアルタイムに確認して、身体の動きの方向をコントロールしています。したがって、動きを見る能力(運動視)は、私たちが自身の身体の動きをコントロールする上で非常に大きな役割を担っています。そのような運動視の発達が、身体の動きをコントロールする能力の発達にどのような影響を与えるかを明らかにするため、ハイハイや歩行が発達する前後の赤ちゃんを対象に2つの実験を実施して調べました。
 第1実験では、前に進むとき、あるいは後ずさりしたときに見える景色の動き(それぞれ拡大運動と縮小運動:図1を参照)を簡易なコンピューター・グラフィックスで再現した動画を、まだ自分で移動することができない赤ちゃん50名と、ずりばいやハイハイ、ひとり歩きなど、自分自身で移動が可能な赤ちゃん56名に、それぞれ見てもらいました。その結果、自分で移動できない赤ちゃんは、どちらの動画も非常に高い頻度で注目する傾向が強いことがわかりました。一方、自分で移動することが可能な赤ちゃんでは、後ずさりするときの景色に似た動画(縮小運動)を見る頻度だけが極端に低下する傾向がありました。
 これをふまえて第2実験では、ずりばいやハイハイ、歩行などの移動行動ができるようになる前の赤ちゃん20名を対象に第1実験と類似の実験を毎月実施して、移動行動ができるようになるまでの発達を調べました。その結果、「後ろへ下がるときの景色に似た動画(縮小運動)」を見なくなるという傾向は、移動行動が可能になるおよそ1ヶ月前から生じることが示されました(図2)。
 運動視の発達的変化がハイハイや歩行の能力の獲得に1ヶ月先行して生じることは、運動視の発達が、後に続くハイハイや歩行などの移動行動の発達に重要な影響を与えていることを示唆します。拡大運動は人間にとって日常的な移動様式である「前進」と密接に関連する視覚的な動きですが、一方の縮小運動は「後ずさり」のような、日常的にはあまり経験することのない移動方向と関連する視覚的な動きです。移動行動との関係からいえば、縮小運動は「非日常的」な視覚的動きであるともいえます。移動行動が発達するよりも前に「非日常的」な縮小運動を見る頻度を低下させ、より「日常的」な拡大運動を注視する頻度を相対的に上昇させることによって、拡大運動の認識と前方への移動行動をコントロールする機能との連携が強まり、結果として移動行動の発達が促進されるのかもしれません。

【今後の展望】

 一般的にハイハイや歩行の発達時期には大きな個人差があります。本研究の結果は、そうした個人差が視覚発達の差によっても生じ得ることを示すものです。本研究で得られた結果は、移動行動をはじめとした様々な身体運動の発達差に育児や教育の現場でどのように対応するべきか、特に乳幼児の周囲の視覚環境をどのように整えるべきか、その指針を確立する際に重要な知見となります。

【書誌情報】

Shirai, N., & Imura, T. (2014). Looking Away Before Moving Forward: Changes in Optic-Flow Perception Precede Locomotor Development. Psychological Science, 25, 485-493. doi: 10.1177/0956797613510723

 

1.前に進んでいる時の景色の流れ(a)と後ろに下がっている時の景色の流れ(b)を模式的に表現した図 黒い実線の矢印は景色の流れを、灰色の点線の矢印は、観察者自身の移動方向をそれぞれ示します。一般的には(a)のように前進すると、目に映る景色は放射状の軌道に沿って拡がっていく(拡大運動する)ように見え、(b)のように後退すると、景色は放射状の軌道に沿って縮んでいく(縮小運動する)ように見えます。実験では、こうした拡大運動や縮小運動を簡易なコンピュータグラフィックスで再現したものを赤ちゃんに見てもらいました。
 


2.第2実験の結果 移動行動が獲得される1ヶ月前から、縮小運動(後退時の景色の動きを再現したもの)を注視する割合が急激に減少していることがわかります。(Shirai & Imura, 2014, Psychological Scienceの実験2にもとづいて作成)。




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