赤ちゃんが静止画から人物の「動き」を認識できることを世界で初めて示した研究の成果が、ドイツの学術雑誌「Experimental Brain Research」に掲載されました(2014年6月)
【研究概要】
絵や写真のような静止画は、現実の景色とは異なり「動き」の情報を一切含みません。それにもかかわらず私たちおとなは、絵や写真によって表現された複雑でダイナミックな光景を瞬時に把握し、理解することができます。例えば登場人物の派手なアクションが描かれた漫画を読むとき、あるいは「滝壺へと流れ落ちる大量の水」や「鳥のはばたき」といったダイナミックな光景の写真を見るとき、多くの人はそれらの絵や写真からリアルな躍動感を感じることでしょう。
本研究では、生後5〜8ヵ月の赤ちゃんがおとなと同じように、絵や写真のような静止画によって表現された「動き」を認識できるかどうかを調べました。現代社会では、生まれたばかりの赤ちゃんでも様々な静止画に囲まれて生活しています。例えば、赤ちゃんに絵本の読み聞かせをしてあげることもあるでしょうし、赤ちゃんがいるご家庭にはキャラクターの絵が付いたおもちゃやポスターなどもたくさんあるのではと思います。そうした静止画への接触が赤ちゃんの発達についてどのような影響を与えるかについては、様々な意見があるように思います。しかしながら、そもそも赤ちゃん自身が絵や写真などの静止画をどう理解しているのかについては、実は科学的にまだ解明されていないことが多いのです。特に、赤ちゃんが絵や写真から躍動感、すなわち「動き」を認識できるかどうかについては、これまで何もわかっていませんでした。
そこで私たちは、赤ちゃんに「動き」を感じるような写真を見せ、その直後の反応(眼の動き)を調べました。具体的には、左右いずれかの方向に「走っている」人物の写真を赤ちゃんに見せ、その直後に赤ちゃんの眼が左右どちらに動くかを繰り返し測定しました(図1)。おとなの場合、絵や写真から「動き」を感じると同時に、無意識のうちに「動き」の先に視覚的な注意が引きつけられてしまうことが知られています。もし赤ちゃんも写真から動きを感じ取ることができるなら、右に向かって走っている人の写真を見れば右の方へ、左向きに走っている人の写真を見れば左の方へ、すばやく視線が移動すると考えられます。
実験の結果、生後5〜8ヵ月の赤ちゃんでも、写真の中の人物の走っている先に向けて、素早く視線を動かす傾向があることが明らかになりました(図2左)。また、こうした視線の動きは、写真の人物が左右いずれかの方向を向いてただ立ち止まっている写真や(図2右)、走っている様子が写った写真を上下逆さまにした写真(図3:人物の姿勢の認識があいまいになって躍動感が減少します)など、躍動感を感じにくい写真を見せられた時には起こらないこともわかりました。こうした結果は、少なくとも生後5ヵ月以降の赤ちゃんが、写真などの静止画から「動き」を認識する能力を持つことを示します。
「動き」を感じる絵や写真を見ているとき、私たち大人の脳の中では、実際に動いているものを見ているときと良く似た脳活動が起こることが過去の研究によって明らかにされています。つまり私たちの脳は、静止画に含まれる人物や動物の姿勢といった「形」の情報から、その動きを推測する能力を持っているのです。そうした推測能力と関係する脳の部位の発達が一段落するのは、およそ生後4〜5ヵ月頃と言われており、生後5ヵ月以降の赤ちゃんが静止画から「動き」を認識できるという本研究の結果と一致します。
【今後の展望】
今後はより幼い赤ちゃんでも、静止画から「動き」を認識できているかどうかを調べていくことが重要なポイントになります。特に、関連する脳領域が発達するとされる生後4〜5ヵ月の前後で、静止画から「動き」を認識する心の働きに発達的な差があるかどうかを検討することは、脳の発達と心の発達の関連について解き明かす上で重要な課題となります。
また、今回の研究では、男の人が走っている動作の理解について調べましたが、他の様々な動作や、人間以外の動物、あるいは生き物以外(例えば車や電車など)の動きも、同様に理解できるのかを調べていけば、赤ちゃんがどれくらい「リアルに」静止画に描かれた光景を理解できるのかを明らかにすることができるでしょう。
少なくとも生後5ヵ月の赤ちゃんが、静止画によって表現される動き、特にそこに表現された人物の動作をある程度認識できるということは、それほど幼い赤ちゃんにとっても、絵や写真は影響力のあるメディアであることを意味します。生まれて半年も経たない小さな赤ちゃんでも、身の回りにある絵や写真を、私たちおとなが想像する以上に理解しているかもしれないということを念頭において、赤ちゃんの発達環境を整えてあげることが重要かもしれません。
【書誌情報】
Shirai, N., & Imura, T. (2014). Implied
motion perception from a still image in infancy. Experimental Brain Research, doi: 10.1007/s00221-014-3996-8
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